観劇にっき「新編・吾輩は猫である」

シス・カンパニー公演「新編・吾輩は猫である」
三軒茶屋・シアタートラム
観劇日:7月14日(マチネ)
高橋克実+小林聡美+実力俳優揃い
そんな「新編・吾輩は猫である」を観てきました。
場所は三茶のシアタートラム。
間違えてパブリックシアター入り口まで上がっちゃった。
(以下ネタバレ)
いやー、つまらなかった!!
どんなに役者を揃えても、結局脚本・演出が大事なんだなぁ、って改めて気付かされました。
 舞台に剥き出しの骨組み、床には木が渡されて縁側を表現したセット。シンプルを履き違えてるつまらないセット。場面展開で絶対縁側が動いて道とかになるんだろうなぁと思ったらビンゴ。
小道具がほとんど厚紙でできた平面な書き割りなもの。感動を呼ぶべきユリの花とか金魚鉢とか子猫とか、ぜーんぶ書き割り。
書き割りにする意味は? 漱石の小説の世界を書き割り小道具で表したかった? いやぁ、全然伝わらないなぁ。ただただ「いい加減」な印象だけが残る。美術担当の人の名前は良く見るが(加藤ちか氏)こんな雑だったっけ?
 セリフはいちいち説明的で感情が伝わらない。克実さんと小林嬢のユーモラスなかけあいを楽しみにしてたのに、全然彼らを活かしきれてないんだよね。役者自身も、どう表現していいか分かってない感じ。なもんだからかどうか知りませんが、セリフが頭に入ってないらしく、みんな随分とトチってたなぁ。某氏は酷かった。「え〜っと、何の話でしたっけ?」って、素で忘れてましたよね?
 「吾輩は猫である」と「夢十夜」の話が主軸である漱石夫妻の話に挟まるんだけど、唐突&意味わかんね。特に「夢十夜」の話は知らないんで、何をしだしたのかさっぱり理解できなかった。
 漱石夫妻も神経質な妻と外国帰りで精神を病んだ夫という構図らしいんだけど、まずあの漱石は精神を病んでなんかいないし、言う程妻はカリカリしてない。ごく普通の夫婦にしか見えなかった。
 一所懸命良かったとこを見つけようとしてんだけど…
ナマ高橋一生が見られた事ぐらいかなぁ(笑)
彼の「吾輩」はなるほど、と思った。乱歩の小林少年みたいな格好だったんだけど、ハンチング帽にネコ耳の型押しがしてあって、それは可愛かったかも。でも、それも分かりづらいよな。途中で登場しなくなっちゃうし。
あ、それと山崎一さんは滑稽で良かったかな。
多大に彼の頑張りによる所が大きいと思いますが。
 文学座でやったという初演もこんなだったんだろうか。まさかなぁ…。
こんなに長文を携帯で打つ位(mixi日記に最初書いたのをこちらに掲載)、言いたい事だらけの芝居でした。
チケット代、6500円かぁ…
Posted: Sat - July 16, 2005 at 09:15 am
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